【符を五百枚つくるのに資料集めるといっても…🧐本によっては一冊に500のお手本入ってる】
ホノルルビショップ博物館から資料を引き継いでハワイのカフナの秘儀を研究をした方みたいなそんな心持ちですよ (´・ω・`)
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符を五百枚つくるのに資料集めるといっても、本によっては一冊に500のお手本入ってる
でも本みても出来ないし(・_・)
例えば、呪文の読み方がわからない…
印刷がボロくて、どう書いてるのか判別不能…
みたいなのあるし
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あと、この本の通りだと、
下手すると硯と筆を五百個ずつ用意しないといけないことになる…
みたいな挫折もあるし(・_・)
なんでかというと、古来、割と符を一枚つくるたびに、動具は新調しないといけないと言うんです
(符のことは、魔術の人からみると典礼魔術に相当するのだそうだけれど、
魔術でも、いってみると道具は聖別しないといけないとされてる)
昔からある日本での言葉に置き換えると、つまり、前のをつくったときの念が残ってるとダメということなんです
お寺などでお守り買う時も、火打ち石でカチっと清めてくれたりします(・_・)
「気」ということから見ると、明らかに同じことに対処しようとしてます
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ただ、先生によって寛容さがちがうといいますか、厳格な方もいたのでしょうから
テキトーにやったらダメだという先生がいても当たり前たと思います
また、時代によっても、やり方違うんです
だから、昭和くらいからの凄腕の先生だと、急ぎの場合はサインペンでもいいから書けということだった
書かないよりマシ!って事だったと思う
ところが、今の方が忙しい時代なのではないですか?
だからといって、書くのに写真とか画像とか、イラストレーターで描いたPNGの符とか、さらにそれを複製とかを考えるようでは
もはや違うことをやった方がいい
符をやろうとか、思わない方がいい、もうそういうの何もかも、やめた方がいい
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または、(例えば)呪導院で頼んでつくってもらったほうがいいです
そこからやる方が、まだわかるんだと思うね
(・_・)
ただ符なんて、変なところに頼みたくないんだよ
それを追求してきた人に頼まないと、、と思うから
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または、何十枚も一塊にして掛け軸になってて、それを床の間とかに置いて祈念するというのもあったし
つまり、500枚はすぐな訳だ…
〆